金沢大学 医薬保健研究域 薬学系 薬理学研究室

Research

研究概要

私たちは、薬物依存症をはじめとする種々の精神神経疾患の発症メカニズムを解明し、治療ターゲットを探索するとともに、依存性薬物の持つ有用な側面にも目を向け、その作用メカニズムを解明することによって、認知記憶や社会性の障害、うつ病などに対する新たな治療薬、治療法の開発を目指した研究を進めています。

Ⅰ. 薬物依存の形成とストレスによる薬物欲求増強のメカニズム

薬物依存の形成メカニズム

図1 薬物依存の形成に関与すると考えられる神経回路

腹側被蓋野、側坐核および内側前頭前野から構成される脳内報酬系(図1)において、麻薬や覚せい剤などの摂取により誘導される可塑的変化が薬物依存の形成に重要であると考えられています。しかし、報酬系とネットワークを形成する脳幹などの神経核での可塑的変化の誘導とその役割については分かっていません。また、一旦止めた薬物を再び摂取してしまう「再燃」が薬物依存治療を困難にしており、ストレスは再燃誘導の重要な要因の一つであると考えられています。しかし、ストレスによる薬物欲求の増強メカニズムには不明な点が多く残されています。私たちは、電気生理学的および行動薬理学的手法を用いてコカインなどの依存性薬物による様々な脳部位での可塑的変化の誘導、その分子メカニズムおよび機能的役割を明らかにするとともに、ストレスによってなぜ薬物への欲求が増強されるのかを解明することで、薬物依存症に対する新たな創薬ターゲットの探索および治療薬・治療法の開発を目指しています。

これまでの概要1

脳幹の背外側被蓋核にはコリン作動性ニューロンが存在し(図1)、投射先の腹側被蓋野ドパミンニューロンの活動を制御しています。コカインを慢性摂取したラットの背外側被蓋核コリン作動性ニューロンでは、興奮性シナプス伝達および細胞膜の興奮性が可塑的に増強しており、これらの変化がコカイン依存の形成と薬物探索行動の発現に関与することを明らかにしました(Kurosawa et al., 2013; Kamii et al., 2015; Shinohara et al., 2014)。さらに、コリン作動性ニューロンでの可塑性誘導とコカイン依存の形成に内側前頭前野での一酸化窒素の遊離が必要であることも分かりました(Kamii et al., 2017)。また、内側前頭前野および側坐核の神経細胞の活動を操作することにより、これらの神経活動上昇がコカイン依存の形成と薬物探索行動の発現に重要であることを証明しました(図2)(Zhang et al., 2018; 2020)。

図2

図2 内側前頭前野の神経活動上昇がコカイン記憶の形成・想起および薬物探索行動に重要

これまでの概要2

薬物依存症の治療を困難にしている理由の一つに、薬物を一旦止めても、何かのきっかけで再び薬物を摂取してしまう再燃があります。再燃を誘導する一つの引き金がストレスです。ストレスは日常生活において避けることが難しいため、ストレス時に,脳内のどこでどのような変化が生じるのかを明らかにすることで、再燃の防止・治療法へとつながることが期待できます。このような考えから、ストレスを負荷することでコカイン欲求が増大した動物を用いて解析を行ったところ、背外側被蓋核での抑制性シナプスでの可塑性誘導と、それに伴う活動上昇、引き続く腹側被蓋野でのコリン作動性神経伝達の亢進が重要な役割を果たしていることを見出しました(Taoka et al., 2016; Shinohara et al., 2019)。さらに、内側前頭前野でのノルアドレナリン(NA)遊離とそれに続く、mPFC錐体細胞の活動上昇もストレスによるコカイン欲求増強に関与することを明らかにしました(図3)(Wada et al., 2020)。

図3

図3 ストレスによるノルアドレナリンの遊離上昇とそれに伴う内側前頭前野の神経活動上昇がコカイン欲求を増強

Ⅱ. 危険ドラッグの作用メカニズム

これまでの概要

危険ドラッグの5F-AMBは2014年の池袋自動車暴走事件で乱用された合成カンナビノイドですが、その作用メカニズムは不明でした。マウスへの5F-AMBの全身投与が運動量の劇的な低下を誘導すること、また、脳室内投与が不安の減少、認知記憶力の低下を引き起こすこと、さらに、認知記憶力の低下は内側前頭前野に作用することで誘導されることを明らかにしました(Ito et al., 2019)。加えて、5F-AMBは内側前頭前野での興奮性と抑制性シナプス伝達のバランスを抑制側にシフトさせることを見出し、この変化が5F-AMBによる精神神経症状発現に関与する可能性を示しました(図4)(Domoto et al., 2018)。

図4

図4 5F-AMBは内側前頭前野錐体細胞の活動を抑制することにより精神神経症状を発現

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